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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2798号 判決

控訴人 新光モータース株式会社

訴訟代理人 松井元一 外一名

被控訴人 国

国代理人 宇佐美初男 外一名

主文

本件控訴は棄却する。

不法行為に基づく予備的請求は棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二三〇万円及びこれに対する昭和二九年五月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は次に掲げるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一、控訴人の陳述

一、控訴人の主たる請求の原因 略

二  予備的請求原因

1  主たる請求が理由がないとされるときは、控訴人は予備的に不法行為による損害賠償を主張する。

(一) 早坂稔は当時保安大学校総務部会計課予算係長であつて、支出負担行為担当官の事務及び官印の管理に関することをつかさどつていた者であり、葉原暹は当時保安大学校総務部管理課武器係として、車輌の維持、管理及び配車に関することをつかさどつていたものである。

(二) 右両名は当時太陽産業株式会社取締役会長であつた堂本千鶴子(横川峰子)と共謀して、保安大学校で真実自動車を購入する事実がないのに、自動車を購入するかのように装つて、控訴会社を欺き、控訴会社からビュック五三年型乗用自動車一台を交付させようと企て、次の行為をした。

すなわち、

(イ) 控訴会社社員西原広之が昭和二九年三月一三日堂本の案内で、前記自動車を運転して保安大学校に赴いたところ、早坂は「控訴会社は登録業者でないから取引は太陽産業株式会社を通じてするよう」申出ると共に、「控訴会社が直接保安大学校から代金の支払を受けるために必要な書類は、(1) 保安大学校と太陽産業株式会社間の契約書、(2) 保安大学校より太陽産業に対する支払証明書、(3) 保安大学校発行の太陽産業の印鑑証明書、(4) 太陽産業から控訴会社に対する代金受領に関する委任状、(5) 太陽産業の領収証であると説明し、取引と同時にこれらの書類は控訴会社に引渡され、そして昭和二九年四月三〇日には代金の支払を受けることができる旨説明した。

(ロ) その際、葉原は西原の運転して行つた前記自動車の検査をした。

(ハ) 翌三月一四日には、前日早坂が西原に話したとおり、葉原が控訴会社に赴いて、控訴会社の営業状態や自動車の登録関係の書類の調査をした。

(ニ) 翌三月一五日再び葉原は保安大学校で早坂立会のうえで、前記自動車の検査をし、自動車の受領証を西原に手渡し、更に早坂は偽造であるのに真正なもののように装つて、前記契約書、支払証明書及び印鑑証明書を西原に交付した。

早坂、葉原の前記の行為により、西原は保安大学校において自動車を買取つたもので、同年四月三〇日には、保安大学から直接二三〇万円の代金の支払を受けうるものと誤信して、自動車を同人らに交付した。

(三) さらに、前記偽造の契約書は控訴会社の売渡したビュックばかりでなく、他に一台の自動車も含んでいたので、控訴会社の扱う一台分だけのものを希望したところ、同月一七日新たに偽造した契約書等を控訴会社に引渡した(乙第八号証中第三の事実)。これによつて、控訴会社はいよいよ本件取引の真実性を疑わず、ために事実の発見は著るしく遅延し、損害の防止がますます不可能になつた。

(四) 控訴会社は代金支払期日にはもちろん、現在に至るまで右代金の支払を受けることができず、二三〇万円相当の損害を蒙つた。

(五) 早坂、葉原はそれぞれ保安大学校において、(一)記載のような地位にあり、かつ(一)記載のような事務を分担しており、その地位、その事務分担に従つて、自動車の購入に当つては、早坂がその取引交渉をし、葉原がその検査を担当していたものである。よつて前記のように契約書を偽造したり、取引に当つて恰も保安大学校のなす取引であるかのようにこれに関与するなどして、控訴会社の関係者を欺いて、控訴人に損害を与えたのは、被控訴人の被用者である両人が、被控訴人の事業の執行につき、控訴人に損害を加えたものというべきである。

(六) 控訴人には被控訴人の主張するような過失はない。

(七) したがつて、被控訴人は控訴人の蒙つた損害金二三〇万円を賠償する責に任ずべきである。

2  時効の抗弁に対する控訴人の主張

(一)被控訴人は昭和三〇年九月二三日及び同年一二月七日の各証人尋問の結果、遅くも同年一二月七日には控訴人は被控訴人に対して不法行為による損害賠償請求ができる程度に、事件の内容を知つたと主張する。しかしながら、

(1)  控訴人が右証人尋問の内容を知つたのは、早くも本件第一審判決の送達を受けたときである。即ち前記昭和三〇年九月二三日及び同年一二月七日の公判期日には、控訴人(原告)の当時の代理人大崎孝止が出頭しただけで、控訴人は出頭していないので、当日控訴人が右証人尋問の結果を知つたことにならない。その後も控訴人は代理人大崎から右証人尋問の結果について、報告されたことはないので、控訴人がこれを知つたのは、本件第一審判決が送達されたときである。訴訟代理人は当該事件について本人を代理して訴訟行為をする権限を有するが、個々の証人尋問の結果をその都度本人に報告する義務はない。証人尋問の具体的内容は訴訟代理人が知つても、本人が知つたことにはならない。

(2)  かりに、訴訟代理人の出頭によつて、控訴人が右証言の内容を知つたとしても、当時は早坂及び葉原が昭和二九年八月に詐欺罪等の罪名で起訴され、刑事事件として有罪無罪不明のまま進行中のことであり、両名の不法行為の成否及び職務権限は極めて微妙で、右証人尋問の結果だけによつては、にわかにこれを了知し得るものではなく、控訴人は契約の履行の請求ができると信じ、したがつて損害はないと考えていたのである。控訴人が非控訴人に対して不法行為による損害賠償請求ができる程度に、事案の内容を知つたのは、早くも本件第一審判決送達のときである。

(二) さらに前記刑事事件は昭和三一年六月四日に至つて、両名に有罪の判決があり、二週間後に右判決は確定したが、少くとも右判決確定の日までは、両名の不法行為の成否は決定せず、控訴人の被控訴人に対する不法行為による損害賠償請求の消滅時効は進行しない。

第二、被控訴人の陳述

一(1)  早坂稔及び葉原暹、堂本千鶴子の不法行為の事実については、敢て争わない。控訴会社の受けた損害額は争う。

(2)  早坂、葉原が控訴人の主張するような職務権限を有していたことは認めるが、その詳細は原審判決認定のとおりである。早坂・葉原の行為が国の事業の執行についてなされたものであることは争う。早坂は国を代表して物品を購入する契約を結ぶ権限のないことはもちろん、このような契約締結の事務を補佐する職務も有していなかつた。また葉原の職務も保安大学校で購入する自動車の検査をし検収する事務とは関係がなかつた。よつて、早坂らの行為は国の事務の執行についてなされたものではない。

(3)  かりに、早坂らの不法行為につき、国が損害賠償の義務を有すべきものとしても、損害賠償額の算定については、控訴人側の過失も参酌さるべきである。すなわち、早坂は会計課予算係長にすぎない。このことは控訴人側でも知つていたはずである。そして、このような地位にある者が物品購入契約を結ぶ権限を有しないことは、容易に知りうることである。ことに自動車のような高価な物品の購入に関する事柄については、控訴人側としても、少なくとも会計課長には直接会つて保安大学校において真実自動車を購入するかどうかを確めるのが相当であるのに、これを怠つている。この点に控訴人側にも過失があり、過失相殺が適用されるべきである。

二、かりに被控訴人に不法行為による損害賠償義務があるとするも、その義務は時効によつて消滅している。すなわち、

(1)  原審では控訴人は売買契約に基づく代金債務の履行のみを求めており、不法行為による損害賠償を主張したのは、昭和三四年五月一六日付の準備書面による主張が最初である。そして本件不法行為の行われたのは昭和二九年三月で控訴会社が早坂、葉原、堂本の本件共同不法行為の事実を知つたのは、昭和二九年六月二八日である。すなわち控訴会社代表取締役羽島栄七は昭和二九年六月二八日保安大学校の会計課長に面会し、さらに曽我孝之総務部長と監理課長を交えて話をした際、総務部長から本件自動車の納入については、学校側では全く知らず、早坂が課長の印鑑を盗用して学校の文書を偽造したものであることを聞かされたことは、司法警察員作成に係る同人の供述調書(乙第四号証の七)にも記載されているところであるから、控訴会社としては、昭和二九年六月二八日本件不法行為につき、その損害及び加害者を知つたことは明らかである。

(2)  さらに、同年八月三日、早坂稔、堂本千鶴子(横川峰子)、葉原暹が有印公文書偽造行使詐欺被疑事件として起訴され、また同年一〇月一八日右事件の第三回公判において代表取締役羽鳥栄七及び従業員西原広之が証人として喚問せられておるのであるから、これによつても、不法行為の内容は控訴会社に明瞭となつておるはずであり、さらに昭和三〇年九月二三日の原審口頭弁論期日には右早坂・葉原が証人として尋問され、同年一二月七日の口頭弁論期日には証人として曽我が尋問され、その結果によつても、控訴会社には、その主張の不法行為の事実関係は明らかになつていたものである。

(3)  たとえ証人尋問の当日に控訴会社の代表者が法廷に出頭していなかつたとしても、特別の事情のない限り証言の内容は当時聞知していたものというべきである。また控訴会社の代表機関に当る者が知らなかつたとしても、実際の職務担当者がこれを知ればよいと解すべきである。訴訟において弁護士を代理人に選任している場合には、いかなる法律上の理由に基づきその請求をするかは、一に弁護士たる訴訟代理人の意見に基づき決せられるところであるから、消滅時効の起算点に関する事実関係を弁護士たる訴訟代理人が訴訟上知つたときは、本人(法人の場合はその代表機関)または少くとも法人の実際職務担当者がこれを知つた場合と同視し得べきであるから、その効力が本人に及ぶものと解するべきである。したがつて、本件においても、原審訴訟代理人が損害又は加害者を知つた以上、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効はその時より進行するものというべく、その時期はおそくも、昭和三〇年一二月七日であつた。

(4)  当時加害行為の違法性ないし、これが判定の基礎事実の有無が本件民事訴訟及び刑事事件で争われていたとしても、その一事をもつて、判決の確定するまでは、常に不法行為につき、損害及び加害者を知らなかつたものということはできない。本件では前に述べたように、訴外早坂、葉原、堂本らの詐欺行為は、明瞭に昭和二九年六月二八日控訴会社において認識され、その後も加害者らの自認により、ますます控訴会社に明らかになつており、前記刑事判決ないしは本件第一審の民事判決をまたなければ、不法行為による損害賠償の請求がなされることを期待することが無理であると思われる事情にあるものでないから、前記刑事判決ないしは本件第一審民事判決をまつまでもなく、時効は進行するものと解すべきである。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、まず控訴人の主たる請求原因について考える。以下略

第二、次に予備的請求原因について考える。

一  控訴人は「保安大学総務部会計課予算係長早坂稔と同総務部管理課武器係葉原暹は堂本千鶴子と共謀して、保安大学で真実自動車を購入する事実がないのに、自動車を購入するかのように装つて控訴会社を欺き、控訴会社からビュック五三年型自動車一台を交付させ、代金相当の二三〇万円の損害を蒙らせた。右は早坂、葉原が保安大学の事業の執行につき加えた損害であるから、被控訴人はその使用者として、控訴人にその損害を賠償する義務がある」と主張する。

そこで、まず右損害が右早坂、葉原が保安大学の事業の執行につき加えた損害であるかどうかについて考えてみよう。それには早坂、葉原が保安大学の自動車等の購入につきどのような権限をもつていたかを検討してみる必要がある。成立に争のない乙第一号証、第四号証の二、三、第六号証の三、一六、証人早坂稔(原審第一回及び当審)、葉原暹(原審及び当審)、曽我孝之(原審及び当審)、奏勲(原審)の各証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。

当時保安大学において物品購入の権限をもつていたのは、支出負担行為担当官として任命されていた同大学総務部長曽我孝之であつた。当時同大学の物品購入手続は、まず総務部管理課用度係から調達請求が出されると、同部会計課予算係において、それが予算の目的に合致するか予算の範囲内であるかを調査したうえ、同部会計課長を通じて総務部長に上申される総務部長の購入の決裁があれば、同部会計課調達係において所定の手続を経、予算とにらみ合せて、物品を購入することにし、業者を選定し、契約書の文案を作成して、支出負担行為担当官である総務部長が契約締結の意思表示をする。それが終ると管理課用度係では専門の技術者を立合わせて検査をしたうえ、購入物品を受領することになつておる。

早坂稔は当時予算係長であつて、当時現実に分担していた仕事は、(1) 予算の編成、配分、支出負担行為計画等に関すること、(2) 支出負担行為担当官の事務及び官印の保管管守に関する事務で(乙第一号証保安大学事務分掌規程第七条一号四号)、物品を購入する権限はなかつたが、調達請求があつたときは、前記のように予算の目的に合致するか予算の範囲内であるかどうかを調査した。そしてここに「支出負担行為担当官の事務」というのは、用度係から物品購入の請求を受けた場合、予算と見合せて高過ぎるとか、予算がないから削れないかというような予算の内部の操作や、購入がきまれば、予算の中から使用した金額を帳簿に記載して支出関係を明らかにする事務であるが、売買契約を結ぶ事務は含まれていない。そして、売買契約を締結の権限のある支出負担行為担当官の職印を保管しているが、その命令があるときに限り、事実上の職印をおすことになつていたに過ぎない。葉原暹は当時防衛大学管理課の武器係で、車輌の維持、管理及び配車に関する事務をつかさどつていた(前記乙第一号証保安大学事務分掌規程第一四条一号、葉原の右の権限は被控訴人も争わない)。したがつて、職務上自動車の購入を申入れたり、また購入に当つては、用度係から申出があれば専門の立場から検査をして意見を述べ、事実上自動車買入れの際バスを除いて検収に立会つていたが(甲第一六号証)購入する自動車を受領する権限はなかつた。以上の事実を認めることができる。

二  次に控訴会社が葉原に自動車を引渡すに至つた当時の情況について、考えてみよう。証人早坂稔(原審第一、二回及び当審)、堂本千鶴子の各証言により早坂と堂本において偽造したものと認められる甲第一ないし第三号証、証人堂本の証言により真正に成立したと認めうる甲第四号証、成立に争のない甲第五号証、第六ないし第一六号証、乙第二ないし第三号証、第四号証の一ないし一一(同号証中八・九を除く)、乙第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし一六、第七号証の一、二第八号証、証人西原広之、早坂稔(原審第一、二回及び当審)葉原暹(原審及び当審)、堂本千鶴子、曽我孝之、秦勲の各証言並に控訴代表者本人尋問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  訴外堂本千鶴子は同人が実権を握る訴外太陽産業の取締役会長をしていたが、当時堂本自身も太陽産業も自動車を売買して利益をはかるだけの資力も信用もなかつた。しかし保安大学に納める自動車を求めているのであるといえば、一般の人も信用して比較的低廉で、そのうえ代金の支払期限が引渡時からいくらか後になつても、自動車を売渡してくれるに違いない。その間に購入した自動車を転売して、その回収した代金によつて自動車の売主に支払えば、自己資金を要せずして容易に自動車の軽売による利益を収めることができると考え、かねて知り合いの間柄である右早坂とはかり、また早坂は右葉原にその趣旨を依頼し、三人共謀して自動車の売主に対しては、保安大学が太陽産業から自動車を買い受けるかのように欺いて、自動車の引渡を受けることにした。

(2)  こうして堂本はビュック五三年型自動車の売主を探したところ、控訴会社が右自動車を所有していることを知り、控訴会社社員西原広之を通じ同社代表取締役羽鳥栄七に対し、太陽産業において保安大学からビュック五三年型一台の発注を受けているから右自動車を買受けたいと申込み、昭和二九年三月一三日頃控訴会社社員西原広之が堂本の案内で本件自動車を運転して保安大学に赴いたところ、早坂は自動車を見た後西原を保安大学の応接室に案内し、西原と名刺を交換し、自分が自動車を買う担当官で、自動車を買う権限があり、かつその意思があるように見せかけて、値段の交渉をし、自分は車の良否については分らないからといつて、葉原を紹介し、西原は葉原らを自動車に乗せて運転して葉原の検査を受けた。葉原はあたかも保安大学が自動車を買うように装つて検収し、西原に対しドアーのガタのある部分の修理、エンヂンの油さし、ラジオの取り付けを命じ、早坂も葉原のいつた点を控訴会社が責任をもつならば買うといい、かつ代金の支払期は四月三〇日頃にしてほしいといつた。西原は早坂に対し控訴会社と保安大学の直接の取引にして欲しいと申出たが、控訴会社は登録業者でないから、登録業者である太陽産業の名義を借りなければ、その契約はできないと述べた。

(3)  葉原はその翌日控訴会社に来て、控訴会社の営業状態や自動車の登録関係の書類を調査した。

(4)  こうして控訴会社としては直接保安大学との取引でないことは不満であつたが、代金の支払さえ確保せられればと考えて、三月一五日頃西原が自動車を運転して保安大学に赴いたところ、葉原は早坂立会のうえで、自動車を検査し、自動車の受領書(甲第四号証)を保安大学の用紙を用いて書き、保安大学校管理課二等保安士の肩書で署名し、かつ捺印して、恰かも自分が自動車を受領する権限があるかのように装つて、これを西原に渡した。

早坂は(イ)保安大学の所定の詳細な契約条項を印刷した契約書用紙に、契約金額二三〇万円、品名欄にはビュック一台、納品場所保安大学校、納期限三月二〇日と書き入れ、さらに保安大学校支出負担行為担当官保安大学総務部長曽我孝之の氏名を記入して、その下に自分が職務上保管していた部長の職印をほしいまゝに押して、真実保安大学の支出担当官が買い受ける契約をしたように装つて、前記契約書(甲第一号証)を作成してこれを西原に渡し、(ロ)白紙に保安大学会計課長と記し、これに課長の職員を盗用しておしたものを三、四枚堂本に渡しておいたので、堂本はこれを利用して、恰も保安大学が代金を支払うような支払証明書(甲第二号証)や堂本の印鑑証明書(甲第三号証)を作成して、これに太陽産業から控訴会社に対する売買代金受領に関する委任状一通(甲第四号証)を添えて西原に渡した。

(5)  こうして、西原は早坂が保安大学のために自動車を買い受ける権限があり、葉原が保安大学のために自動車を受領する権限があるものと信じて、自動車を売渡すことにして、これを葉原に引渡した。

以上の事実を認めることができる。

三  以上の事情のもとで、保安大学の事務分掌に不案内な西原としては、早坂や葉原にその権限ありと信じたのも、一応肯けられないではないが、西原が最初早坂に紹介されて名刺を交換した際、早坂が保安大学の会計課に属する予算係長であることは容易に知り得たはずである。通常官庁において物品購入の衝に当るのは、用度係とか調達係などであつて、その名の示すように予算係長が物品購入の衝に当るなどは通常考えられないことである。ことに本件取引のように二三〇万円の多額の取引をするに当つては、この点について細心の注意をし、多少でも疑のあるときは、関係課長にも会つて、確めるべきである。ところが控訴会社としては、この点について、何らの疑を抱かず、したがつて、関係課長にあうなどして、確めようともせず、たやすく早坂や葉原にその権限ありと信じて、取引をしたことは、軽卒のそしりを免れない。

前に述べたように、保安大学において、物品購入の衝に当り、業者と折衝し、かつ契約書の文案を作成するのは会計課調達係の事務であつて、予算係長の早坂はこれらについて何等の権限を有しない。また購入物品を受領するのは管理課用度係の事務であつて、武器係の葉原は、物品の受領について何等の権限を有しない。その権限のない早坂がほしいままに保安大学の名で自動車の売買について業者と折衝し、かつ契約書を作成して、これを業者に交付し、またその権限のない葉原がほしいままに保安大学の名で自動車を受領したとしても、これをもつて、外形上使用者たる保安大学の事業の執行と同一であるとはいい難い。

したがつて、控訴人において早坂、葉原にその権限ありと信じて取引して損害を蒙つたとしても、右損害は保安大学の事業の執行につき加えられた損害であるということはできず不法行為を原因とする控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

第三、よつて、契約の履行を求める請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴を棄却すべきものとし、不法行為に基づく予備的請求も失当であるから、これを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 千種達夫 渡辺一雄)

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